tadkgwのブログ

おもいっきり

テレストリアルと装置主義

転向リセットについて、地球に降り立つ、近代現代絶対時間軸を一度多重の層があるかの如くに見える、調査や記録の虚構を平坦に分析的に構えると、バックミンスターフラーのうけうりかもしれないが、青銅器時代は青銅器を作れる地勢から得られた素材で平坦に石、金属、石油化学人工物、素材と加工の技術が、この契約的基本的人権もこの惑星の資源の総合、生産から発生、支配統治を基盤整備という個別に取り組みうる課題である。内も外も分離不可能なのが生物なのである。理解と説明の後の合意形成が類としてなされるか否かが今後の方向性を決定づけるだろう。要約価値尺度の問は異物を交換できる地勢人間学とでも言えるのか使用価値の分業が類を類たらしめる。使用価値が交換価値と一体化簡便の管理には貨幣の統治があり商品となると、外的対象として虚栄と欲望の暴力装置として貨幣が流通されるが、外的対象の地勢人間学が実存を支える、複雑で便利とも成る。実存を支えるには共同体的協働が地勢人間学の共感に寄り添う、分かち合うには補完的に多様の容認寛如の心が簡潔な生活装備を希求する?流通消費貨幣の不毛への非暴力の陣地拡充を目指すのが自然一般です。貨幣商品、資本の廃棄が理想郷小説となっていた。差別と偏見と常識と信仰が選挙では変えれれない、理解の人間の限界だろう。消費増税や発狂武力のスタグフレーション迄に実践する大衆市民として統治管理自治の崩壊からの脱出、共有情緒と無所有継承の類への持続、資本か合同か!

概念説明を躊躇する、理解の困難を承認しているもReLIFEを観る。保身と功利に明け暮れる識別子は損益分岐で暮らせてるが共有情緒は共同体的協働に至るにもヒトとしてまだまだを許している。いつまでこの二重化された分断を放置できるやらスタグフレーションも環境破壊も災害も迫っている、終焉の根拠も把握できたとしても実存がついてこれないのだ。降参はしてなくとも、終点まで粘る。