tadkgwのブログ

おもいっきり

Bruno Latour | On Not Joining the Dots || Radcliffe Institute

人類は人類をあまりにも知らない。数学の思想を一読、時系列な史的記録が平板となった故に抽象記号での概要も簡潔で先史を継承するのも教養趣味となった。ではイマからココからの実存についての前提がアクターズネットワーク理論としてデザインの方法論として方向性への視座として人類に要求される。不可視の素粒子も構成素として平板となれば自然対象の科学による影響は人新世代記で回避できない抵抗しないでは人類の実存も危険なのだ。ここまでがタイトルの動画からの私的要約。先見無想を追記。ガイアにおいて食育は文化として生活様式として情緒として大切だ。線審の放棄、海上に移民する、稲文化のような食を自動工場供給化贈与できれば一人一石は実現できる。この列島では米と通貨の二重化も過渡期としてあり得るだろうに、交易は豊かさのためであり多様共感の人類への理解度と協力を促すはずなのだ。表現記号としての日本語に感嘆する。収集所有なんてありえない商品がガイア並びにそこに包摂されるヒトを破壊するなんて文頭に戻る。蛇足、単純で難解だがフーテンの寅さんではないけれど、苦痛は有っても、少しばかりでも生きててよかったと思える瞬間があれば生まれてよかったと期待値だけで実存する、そんな今頃、さあ何しよか。ドクターストーンはどうなるのかな?自動車みたいな玩具に興味が持てない。当面は陣地戦の砦くらいしか思い浮かばない。限られて抵抗として、政治と市民の不可視の分離ぐらいの最適化しか残ってない、史的で実際、あまり関わる暇もないから排除無視することになる。その実践に幸いあれ!いずれにせよ税で贈与しても統治できないアトラクターにできるだけ依存しない、もう。