tadkgwの雑多

おもいっきり311文字

創作ノート

人間が社会的政治的生き物だというならばベルクソンではなくとも笑いがあるならば、個人を分人として小生自らをわかたないとなるまい。先験的か後天的かを見定めるのも難題で小生も歴の時代解釈の虚構の上に後天的で記録の射程内での歳月と共に先験的に振る舞う自主を養うしか他にない。子孫を育むのも他の生き物と変わらぬ関係性の結束点に起点で且つ終点であると認めれば教えれることなどないのではと断言する。なに遍く宇宙船地球号の乗組員であると一般で。生命として身体として動的均衡の分身でしかないが、しかし、だが無為徒食もままならないのは分人が生存の条件の必須を人工であれ分業であれ奉仕と実益を考慮するから虚無でいられない発生循環の主人公なのだ。