tadkgwの雑多

おもいっきり311文字

中間形態

主権はタイトル中間形態の生き物にある。資源が投入発生され食育され再生持続でき老廃物資源で返す素粒子物理での境界も不可視でも生き物は主なのだ。これまでは、ベン図的に識別子としての他にある領域Aと識別不可能な自にある領域Bで第1の二人称に社会的振る舞いを領域Aで負担させていたが領域Aと領域Bでは中間形態の主権は表現できない資源の投入排出の循環こそが肝で非邦貨清貧というより文化的豊潤という生活様式とその装備の保守運営を共有する類でありたい。なんとかの香りの石鹸を使うこの星の劣化と嗅覚の鈍化が循環への配慮を欠いている、という自覚がこの星に居住する権利義務なのだ。中間形態の充足は空想を表現できることによる。それで活力とは?中間形態の充足というも中間が内的対象で拝中の非対象は宇宙内的対象であるこの星であり、その再生持続を幸いの豊潤充足の探求活動が協調の要である。貨幣が役割を終え、沈没に道連れにされる前に避難民としてグリーンフロートに移住したいが形式も構造も経ても田舎独立は閉鎖境界を前提とする人類の学習でしかない、まずここで自律する自己完結と装備継承の最適化の知識模索が追求するに足る。成長過程ではなく幸福発生だろう。